【もしもM9の地震が東京に来たら…】子どもを学校へ迎えにいかない、避難したら戻らない。未来の命を守るためにできること-釜石市視察レポート

こんばんは、東京都議会議員の後藤なみです。

先週は都市整備局のメンバーと東北の釜石へ震災復興の街づくりについての視察に伺いました。

岩手県釜石市は津波の常襲地。
なかでも東日本大震災は、これまでにない甚大な被害をもたらした地域です。
視察では、復興公営住宅や市民ホールを視察し市長との意見交換を行いました。

■市民を救う行政職員も被災者になる
東京都では震災マニュアル(http://www.bousai.metro.tokyo.jp/taisaku/1000061/index.html)を作成し有事の際に備えていますが、忘れてはいけないのは震災時、行政の職員もまた、被災者になるということです。実際に釜石市役所の職員も多くの方が被災しお亡くなりになっています。
震災時は、情報が一元化されていないため住民の方々の対応ができず、市役所機能がパンク状態だったとのこと。行政サイドの情報整理もそうですが、日ごろより地域単位で有事の際のシュミレーションを行っておくことが大事だと感じました。

■寝たきり高齢者が取り残される

また、自身が取り組んでいる高齢者というテーマの中では、寝たきりの方々の避難についてもお話をお伺いすることができました。東日本大震災の津波被害が大きかった宮城県石巻市では、津波で亡くなった人の約19%は寝たきりだったり、家族の迎えを待っていたりして、避難できずに自宅で被災していたそうです。災害時に自力での避難や情報収集が難しい人を「災害弱者」と呼びます。認知症の人や、寝たきりの人、自力での歩行が困難な人なども、災害弱者です。災害時の避難誘導と安否確認体制の確保が急務です。

■地域コミュニティの強さが避難所生活でのいのちを繋ぐ
そして、地震や津波から逃れても、その先には長期の避難所生活が待っています。釜石市では、被災後104か所で避難所が開設されましたが、その運営がスムーズにいったところとそうではなかったところに大きな差があったそうです。当たり前ですが、日ごろから地域活動が活発な地域は避難所運営がスムーズで、大規模避難所や地域の結びつきが弱い地域は避難所運営が困難であったとのことでした。地域コミュニティを作っていくことは、災害対応の意味でも非常に重要であると感じるとともに、私たち都市政策に関わる議員としても、「地域のつながり」を基点とした復興計画の作成がポイントになると感じました。

当日は子供がいるため、早朝に出発し深夜に帰宅という強行スケジュールでしたが多くの学びを得ることができました。また、釜石市は2019年ラグビーワールドカップの開催地でもあり、現地の期待感も感じました!当日ご協力頂いた関係者の皆さまに感謝申し上げます。

釜石市では、東日本大震災の経験をもとにした教訓集を作っています。
例えば、
震災時には子供は学校へ迎えに行かない(→震災時、学校や保育所などでの犠牲者はなかったものの保護者に引き渡した後、犠牲になった子供たちがいる。子どもたちは全職員と一緒に避難し親はただちに高台へ移動)
避難したら絶対に戻らない(→ペットが心配になって戻った、ガス栓を閉めに行った、などの理由で自宅に戻り避難が遅れた人がいる。家族が別の場所にいても探しに行かない、迎えに行かない)
など実際の被災体験をもとにした教訓が綴られています。
ぜひお時間のある方はご覧いただけると幸いです。

・教訓集「未来の命を守るために」  http://www.city.kamaishi.iwate.jp/fukko_joho/torikumi/shinsai_kensyo/detail/1203244_3066.html